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昨日、私が何を思ったかというテキスト。雑誌と「趣味の園芸」

 昨日は五反田のゲンロンカフェの方にお邪魔しまして。
I/Oの元編集長さんとですね、shi3zさんという、元はライターさんで今はUEIの社長さんをされている方の
トークイベントを見学させていただきました。
 自分の考えを「お客」の一人として書いた記事です。
(本当は「お客」って言い方は好きじゃないですが、そういう扱いのようでしたので…)

ネガティブな内容が含まれるので、そういった内容が好ましくないと思われる方は
今すぐブラウザバックをお願いいたします。

また、一応、有料のイベントでしたので、全部は書きませんしボカすところもあります。
言論(ゲンロン)の範囲内にとどめたつもりです。
あらかじめご了承ください。
 トークイベントですが、前半の内容は主に昔の思い出話ですね。
例えば、ギャラの話。昔は雑誌への寄稿で一ヶ月にン十万が貰えたというお話とかでしたね。
自分が見聞きする話ですと、今は桁が二つ違います。下の方に。
……いや、違うのは自分だけですかね?


 後半はこれからのコンピュータ業界と雑誌です。

自分にとっての今回の要点は以下の通りでしたね。

・今後、技術者はいらなくなる
・コンピュータ雑誌はすべて残らない
・I/Oは投稿誌として趣味の園芸のようにして残る

 これらはほとんどはshi3zさんのお話でした。

 例えば、ある会社では今までアウトソーシングしていたのを自社で行うという話で、
社員は内部でプログラマを育成するのだそうです。よって技術者はいらなくなるのでは?
というお話ですね。

 この一緒にしていいのかどうかは不明ですが、例えばenchantMOONは、当初、若い方に任せていて、
コンパイラの最適化に頼っていたそうです。
(確かにx86のコンパイラなんかは結構最適なコードを出力したりするので、
それはそれでわからなくもありませんが)
ベンチマークを得てCPUの特性はわかっていたものの、若い方の考えを優先させたとか。
 具体的にはよくわからないのですが、例えば整数にしなければならないところを
浮動小数点にしていたという感じでしょうか?
今回のアップデートではそれを最適化(ハンドオプティマイズだと思われる)して
数百倍の性能が出たというお話でした。

 もう一つはゲームとかかな?
プログラマで無い人がフレームワークとかを使って何十秒の世界で簡単に作れてしまう。
これからは専門的な知識や学習は必要ない、という感じでしょうか。

 後は専門職としてのウェブデザイナーは食べられないとかいうお話でしたね。
まあ、確かにhtmlなどの自動生成が進めばデザイナーの出番は少なくなるという所でしょうか。
今でもウェブデザイナーの専門学校とか多いですけどね。あれも学校側のビジネスであって、
現実には即してないという事でしょうか。

ということで、上に挙げたような理由で外部の会社や人間には頼らずに内部でやっていく
企業が増えるだろうという事です。

 次のは、コンピュータ雑誌は残らないというのは、今の現状をみればわかるように
既にほとんど残っていないこともありますが、今も残っている特定の雑誌名もあげて、
あの雑誌も残らないだろうとの事でした。


 I/Oだけは昔からのデザインを踏襲していて、投稿誌として、
「園芸なんてしなくてもいいけどお金を払わなくても誰かがやるし『趣味の園芸』のように残るのでは?」
というお話でした。

■自分の考え
 壇上にあがっている中で、お二人が言っていたのは「若い人を育てたい」でしたね。

自分が思うのは彼らが「コンピュータ界隈」にこんなネガティブな感情を持っていて、
「若い人が育つのか?」という事です。

 少なくとも自分はロートルなのかもしれないし、もう要らない存在かもしれない。
一人の投稿者扱いなのかもしれない。まだまだ技術が未熟なのかもしれない。
いや、彼が言うように「技術があってももはや意味がない」のかもしれない。

であれば、ですよ。私は、ですが。
「楽しい場所に行きたい」と思うでしょうね。もしくは「お金を貰えるところ」かな。
「やりがいなんで要らないんで給料ください」か「やりがいが欲しいので好きな事をやらしてください」ですよね。
両方とも「存在意義のある場所」ですよね。
もちろん、そんな都合のいい場所が無いという事は承知していますけどね。

自分は雑誌を作るとしたら少なくとも「寄稿者」や「投稿者」が冷めないようにしたいな。
じゃないと、それこそ作り手(出版側)の自慰行為じゃないですか。



そして「育つ」とはなんでしょうか?
「会社を起こす」ことなのか、「有名になる」ことなのか、
「社会で表彰などを認められる」ことなのか、「食べていける」ことなのか。

ゴールが見えない中では誰も何もできないし、ゴールが見えている人はできる限りひとりでやるのでは?
できる人にとっては下手すると必要なのはATMなんじゃ。
そもそもゴールってなんでしょうね。



 ところで、自分も昔から思っていた事があります。
「技術は要らないから健康な体が欲しい」と。
病弱でどうしようもない自分が思った事でした。
健康な体(と精神)があれば技術が無くても生きていけるんじゃないかとも思います。


 もし自分が若い人を育てるというのであれば、
「自分で『狩り』ができるようになりなさい」と。もちろん「狩り」は比喩表現です。
道具の使い方と餌の捕り方ですかね。自分はそのノウハウは持ってませんけどね……。

最後に。
この駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ここに書いたのは、ご存知のように、うだつのあがらない人間の戯れ言でございます。
書きたい事を書いたので全然まとまっていないと思います。


 私めは、これからは本家「趣味の園芸」に投稿できるよう、
精進していきたいと思います。では。

2014-04-09 某吉(BouKiCHi)
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